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東京高等裁判所 平成元年(ラ)705号 決定 1990年1月30日

抗告人 土屋智子

相手方 桑山光信 外1名

事件本人 高田淳子 外1名

主文

原審判を取り消す。

本件を静岡家庭裁判所に差し戻す。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

第2当裁判所の判断

1  記録によると、次の事実が認められる。

(1)  抗告人は、昭和61年12月18日事件本人高田周作と婚姻し、昭和62年7月13日事件本人(養子となる者)高田淳子をもうけたが、不和となり、昭和63年3月事件本人淳子をおいて実家に帰り、両名は昭和63年4月11日事件本人淳子の親権者を事件本人周作と定めて協議離婚した。

(2)  事件本人周作は、昭和63年7月24日から事件本人淳子を相手方夫婦に託し、相手方夫婦は事件本人淳子を養育するようになったが、同年8月26日本件特別養子縁組成立の申立てをした。

(3)  抗告人は、原審の手続において、相手方夫婦が事件本人淳子を養育していることを知って悩み、逡巡したが、平成元年2月28日付けで本件特別養子縁組に同意する旨を記載した書面を同年3月7日原裁判所に提出した。

(4)  原裁判所は、平成元年11月6日本件特別養子縁組を成立させる旨の審判をして、関係者に告知するとともに、同年11月9日抗告人に告知したところ、抗告人は、代理人を通じて本件抗告を申し立て、添付書類として抗告人作成の報告書を提出したが、その中で、本件の経緯及び抗告人の意向を詳細に記述した上、その末尾において、前記同意書による同意を撤回する旨を記載している。

2  ところで、家庭裁判所が養子となる者の父母の同意に基づき、民法817条の2による特別養子縁組を成立させる旨の審判をして関係者に告知した後に、父又は母が右同意の撤回をすることを許容した場合には、手続の安定と子の福祉を害するおそれがないわけではないが、特別養子縁組の成立が実方との親族関係を終了させるという重大な身分関係の変更をもたらすものであり、かつ、同意の撤回の時期等を制限する規定が存しないことを考えると、審判が告知された後であっても、これがいまだ確定せず、親子関係の断絶という形成的効力が生じていない段階においては、同意を撤回することが許されると解すべきである。したがって、養子となる者の父又は母が審判の告知後に同意を撤回した上、同意の欠缺を理由に特別養子縁組を成立させる審判の取消しを求めて抗告をすることも許されるものと解される。

そうすると、当審における決定の時点においては、特別養子縁組の成立要件である民法817条の6本文所定の同意を欠くことになるが、本件においては、原裁判所に更に抗告人の真意や今後の対応策等について審理を尽くさせた上、改めて同条所定の要件の有無を判断させるのが相当である。

3  よって、家事審判規則19条1項に基づき、原審判を取り消した上、本件を静岡家庭裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 岩井俊 小林正明)

(別紙)

抗告の趣旨

原審判を取り消し、本件を静岡家庭裁判所に差し戻す

との裁判を求める。

抗告の理由

1 特別養子制度(民法817条の2以下)は、保護を要する低年齢の未成年者のみを対象とし、特別養子とその実方の父母との親子関係を消滅させ、養親子関係を法律上の唯一の親子関係とし、原則として離縁を認めず、一定の厳格な要件の下に審判離縁のみに限り、縁組の解消を認める制度である。そして、特別養子縁組は、家庭裁判所の審判により成立するという国家宣言型の法律構成をとっている。

このような制度の特徴からも明らかな通り、特別養子縁組は恵まれない低年齢の未成年者に「温かい家庭」を与え、養親による養育により特別養子の健全な成長を図ることを目的としている。従って、普通養子縁組が未成年者の養育だけに限られず、幅広い利用も認められる傾向があるのに対し、特別養子縁組は専ら未成年者の養育の目的のみに限られ、その目的が実現できるよう養親子関係を法律上唯一の親子関係とし、強固で安定した親子関係の形成を目指している。

そしてこのような特別養子縁組は、子の利益のために必要が認められるときに成立させることとなり(民法817条の7)、子の利益のために必要があるか否かの判断にあたっては、ことに特別養子と実方の父母との親子関係を消滅させ、離縁が原則として認められないことに十分な考慮を払う必要がある。

2 以上のような特別養子制度の目的に鑑み、縁組成立の要件として<1>夫婦共同縁組<2>養親の年齢<3>養子の年齢<4>要保護事由<5>父母の同意について規定が設けられている。

例えば、「要保護事由」については、特別養子縁組の成立は養子とその実方の父母との親子関係を消滅させる効果を生じさせるから、それを肯定するに足りる要保護事由即ち、「父母による監護が著しく困難又は不適当であること、その他特別の事情がある場合」に限り、特別養子縁組を成立させることができる(民法817条の7)。

ここに「父母による監護が著しく困難である場合」には、父母を失った孤児の場合とか、父母の倒産・経済その他の理由により子の監護が不能又は著しく困難である場合が該当すると解され、「父母による監護が著しく不適当である場合」には父母による子の遺棄・著しい放任・虐待・その他親権の濫用が父母の著しい不行跡のための福祉が損なわれる場合が該当し、「その他特別の事情がある場合」には以上に準じた事情がある場合であるが、子の福祉を確保する見地から養子となる者の実方の父母との親子関係を消滅させることが必要な事情のある場合を指すものと解されている。

3 以上の要保護事由との関係で、原審判は、本件一件記録から、相手方(原審判申立人)夫婦の特別養子縁組申立に至る経緯・経済状況等を認定している他、抗告人(原審判事件本人智子)と、前夫周作、事件本人淳子との関係で、<1>「昭和63年3月8日には、智子(抗告人)は淳子を置いたまま家出をしてしまった。」、<2>「智子に養育費20万円を出すから引き取ってもらうよう弁護士を介して交渉したが、智子は子供は入らないと拒否したので・・・」<3>「事件本人智子は、今回の事情を初めて知って悩み、逡巡したが自分の経済力(法律事務所勤務、月収5万円位)・・・」旨認定している。

然しながら、上記<1>ないし<3>の認定が事実に反することは本件申立添付の報告書、源泉徴収票から明らかである。

思うに、特別養子制度は、養子とその実方の父母との親子関係を消滅させる効果を生じさせるものであることから、要保護事由の認定については、養子となる者の実方の父母との親子関係を消滅させることが必要な事情があるか否かについて慎重な認定がなされなければならないことに異論はない所である。ましてや、本件における事件本人淳子の親権者である周作氏は、医師であり、相当な経済力を有しているほか、東京在住の実姉も居り、現に抗告人との別居に至った当初は姉の所で事件本人淳子の面倒を見てもらっていたこと、その他、周作氏の親族関係の援助による暫定的監護の余地もあること、又、抗告人も離婚当初はともかく、法律事務所に勤務してからは、相応の収入を得て経済的にも自立している事情がある他、事件本人淳子に対する強い愛情も認められる本件においては、事件本人淳子の要保護事由の認定は、より一層、厳格になされなければならない。

法も、特別養子縁組の成立に関する審判にあたって、家庭裁判所は、養親となる者・養子となる者の父母及び後見人・養子となる者に対し親権を行うもので父母以外の者並びに成年に達した父母の後見人の陳述を聴かなければならない(家事審判規則64条の7前段)と定めている。これは、これらの者に対するその手続的な保障の趣旨と、これらの者の陳述の聴取が証拠方法として有用である趣旨も含まれているものと解される。

然るときは、上記<1>ないし<3>の事実の認定は、上記家事審判規則の規定にも反し、抗告人の意見の聴取が不十分のままないしは、その聴取の結果の評価を誤った結果、一方的に要保護事由との関係で事実認定をしているものと断ぜざるを得ないものである。

ちなみに、抗告人は、昭和63年12月17日付にて、周作氏との離婚に際し、弁護士に説明するために作成した本件申立添付の離婚に至る経過のメモを、原審の調査官宛郵送しているものである。

4 又、特別養子縁組の成立には、原則として養子となる者の父母の同意が必要である(民法817条の6本文)。

これは、特別養子の成立は養子と実方の父母との親子関係を消滅させるという重大な法律効果を発生させることから、養子となる者の実方の父母の同意が要件として定められているものである。

この父母の同意は、家庭裁判所に向けられた単独の意思表示であると解されるが、その撤回は自由であり、特別養子縁組の効力が生ずるのは、審判確定時であるから、特別の制限規定がない以上、審判確定時まで撤回できるものと解される。

本件において、抗告人は、本申立添付の報告書において同意の意思表示を撤回しているものである。

従って、抗告人の同意が撤回され、特別養子縁組の要件を欠くに至っているものである。

5 以上により、抗告の趣旨記載の裁判を求める次第である。

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